【活動報告】オンライン精神療法の指針(案)へのパブリックコメントを提出
厚生労働省が示した「情報通信機器を用いた精神療法の適切な実施に関する指針(案)」について、パブリックコメントとして当会から意見を提出しました。本件は、オンラインでの精神療法(オンライン精神療法)を安全かつ有効に実施し、現場での活用を進めるための指針を定めるものです。指針では、オンライン精神療法には、在宅で受療できることによる生活情報の得やすさや、地理的・時間的・心理的な困難がある場合のアクセシビリティ向上といったメリットがあるとされています。当会も、こうした方向性自体は重要だと考えています。
一方で、オンライン精神療法が「対面の代替として抑制的に扱われる」「初診の議論が“オンライン不可”に収れんする」「合理的配慮が十分に位置づかれない」などの形で、必要な人が受療機会から外れてしまう懸念があります。そこで当会は、オンライン精神療法を医療アクセスと医療の質の向上に資する有用な医療手段として積極的に評価し、適正に普及させるという立場から、下記の通り記述の整理・精密化を求めました。この取り組みについては、東京ボランティア・市民活動センターが実施する当事者ボランティア・市民活動推進事業助成を活用した内部学習会を経て行うことができました。ご支援に感謝申し上げます。
今後、指針の確定・運用に向けた動きを注視し、当事者の立場から必要な提案を続けていきます。オンライン精神療法が、安全性と質を担保しつつ、通院が難しい人の医療アクセスを広げる選択肢として根付くよう、現場の声を集めながら発信していきます。
参考記事:「情報通信機器を用いた精神療法の適切な実施に関する指針」(案)に関する御意見の募集結果について(外部リンク)
■情報通信機器を用いた精神療法の適切な実施に関する指針(案)についての意見提出(一般社団精神障害当事者会ポルケ)
本意見は、オンライン精神療法を「対面の代替として抑制的に扱う」か「対面と競合する選択肢」として捉えるのではなく、医療アクセスと医療の質の向上に資する有用な医療手段として、積極的に評価し、適正に普及させることを求めるものである。指針(案)自体が、オンライン診療の基本理念として医療アクセスの確保等を掲げ、オンライン精神療法にも在宅受療による生活情報の取得、地理的・時間的・心理的に対面が困難な場合のアクセス向上というメリットがあるとしている点は重要である。
さらに、オンライン精神療法の有効性が対面に大きく劣らない場合があるとする知見や、感染症蔓延等で受診困難な状況で有効とする知見にも触れており、現行案の射程は「安全性確保のための条件整備」と「幅広い活用の推進」を両立させる方向にある。したがって、オンライン精神療法の価値を明確に肯定しつつ、過度な萎縮や誤読を招く記述を整え、現場で運用可能な基準へと精密化することが本旨となる。
とりわけ初診の扱いは、現行案では「初診精神療法」という用語の下で、微細な動作観察、身体疾患の除外、検査、診断・治療計画の構築といった初診時の評価(診察)の論点が中心となって記述されている。一方で、指針(案)が定義する精神療法は「一定の治療計画のもとに…働きかけを継続的に行う治療方法」であり、概念としては治療(継続的介入)に重心がある。この混線は、初診オンラインの議論を必要以上に「診断学上の困難=オンライン不可」に傾けやすい。そこで、「初診時の評価(診察)」と「精神療法(治療)」を分けて記述し、オンラインで実施できる範囲・条件(例:初回は評価中心、治療導入は段階的、必要時は対面へ切替)を明確化することが必要である。
また、現行案は、オンライン初診精神療法について「科学的知見が明らかではない」こと等を踏まえつつ、行政アウトリーチと医療機関が連携し、診察時に保健師等が同席して情報収集・共有が可能な場合に活用し得るとするモデルを提示している。 これは一定において重要な実装類型だが、これだけが示されると「行政が介在するケースのみが想定され、一般の通院困難者は対象外」という誤読を生み得る。指針(案)がアクセシビリティ確保を目的に含める以上、行政モデルを否定せず一類型として位置づけたうえで、通院困難者のアクセス保障の観点から要件を積極的に併記することが妥当である。
合理的配慮の明記は、オンライン精神療法の安全を支えるための中核である。現行案は、実施環境として「カメラ・マイク常時オン」「外部から隔離される空間」を求める。 しかし、居住環境や安全上の事情(同居者とのプライバシーの問題・DV等)、障害特性や症状によっては、この要件を機械的に適用すると受療機会を失う。そこで、原則は維持しつつ、医療機関内別室での試行等の配慮や、患者の希望を踏まえて課題解決に努めるという考え方を、オンライン精神療法の文脈でも「合理的配慮」として明確に位置づける必要がある。患者の意向を丁寧に汲み取り、代替手段(別室利用、支援者同席、段階的導入、画角調整、通信手段の補完等)を示すことは、結果として無理なオンライン実施の回避を含む安全性の担保にもつながる。
最後に、地域包括ケアとの整合を踏まえてオンライン精神療法を位置づけ、地域の提供体制への貢献を求める方向性は重要である。 ただし「地域」概念は二次医療圏を基本としつつ弾力的に想定されるとされているため、地理的条件のみでアクセスを不当に制限しない運用を明記すべきである。加えて、指針遵守チェックリストの公表を求める記述は透明性確保として有効であり、患者の選択を支える仕組みとして、より実効的に運用されるよう整理することが望ましい。以下論点を整理して記述する。
〇論点1:対面かオンラインかではなく、オンラインの有用性を積極的に評価する位置づけへ
原案は、オンライン診療の基本理念として医療アクセスの確保等を掲げ、オンライン精神療法にも「アクセシビリティの向上などのメリット」があることを示している。また、有効性が対面診療に大きく劣らない場合がある旨の知見にも言及している。
これらを踏まえ、指針の基本的考え方に「対面とオンラインを対立的に捉えるのではなく、患者の状態・希望・生活状況に応じて最適な組合せとして活用し、医療アクセスと医療の質の向上に資する手段として積極的に評価する」旨を明示的に追記することを求める。
原案自体がアクセシビリティの向上などのメリットを明記している以上、積極評価を明確化することは趣旨と整合し、現場が過度に萎縮して本来受療できる人が外れるリスクを減らすことにつながる。
〇論点2:初診時の評価(診察)と精神療法(治療)を分け、混線を解消する
原案の定義では、精神療法は「一定の治療計画のもとに…継続的に行う治療方法」とされる。一方、初診に関する段落では、鑑別や検査、診断や治療計画の構築など、初診時の評価(診察)に関わる要素が中心に述べられている。この混線を避けるため、初診に関する記述を、初診時の評価(診察)に関する留意点(情報の限界、鑑別・検査導線、観察可能性、リスク評価、対面切替)と、初診時の精神療法(治療)に関する留意点(治療計画に基づく継続介入、説明同意、関係性形成、治療導入、フォロー)に分けて記述するよう修正することを求める。「初診精神療法」という用語を用いる場合にも、「本段落は初診時評価(診察)の留意点を含む」等の注記を置いて整理することが適切である。
現状のままだと「診断学上の難しさ=オンライン治療不可」という読み方を誘発しやすく、オンラインで実施可能な範囲や段階的運用を制度設計しにくくなるためである。
原案では精神療法を、医師が一定の治療計画のもとで、患者に継続的に働きかけを行う治療方法として定義している。ここでの中心概念は、治療計画に基づく継続的介入、すなわち「治療(精神療法)」である。一方、初診に関する説明では、患者の背景情報が乏しく信頼関係が十分に構築されていない状況で、微細な動作や言動等も含めて精神症状を評価し、必要に応じて身体疾患の除外や鑑別のために検査等も実施しながら、診断や治療計画を組み立てる必要がある、と説明されている。ここで主に語られているのは、精神療法というより、初診時に求められる評価・鑑別・検査導線の確保といった「初診時の評価(診察)」の論点である。
この二つが「初診精神療法」というもとで混ざっていると、読み手は、初診では鑑別や検査、微細な観察が必要であり、オンラインではそれが難しいから、オンライン初診精神療法は難しい、という理解に自然と誘導されやすくなる。しかし実際には、鑑別・検査が必要な場面があることと、初診段階でもオンラインで実施可能な支援があること(例えば、症状と生活状況の聴取、リスク評価、治療方針の共有、次の受療導線づくり、必要に応じた対面への切替えの合意など)は同一ではない。評価(診察)の難しさが、そのまま治療(精神療法)の否定へとスライドしてしまうことが、混線によって生じる最大の問題である。
したがって、初診に関する記述は、初診時の評価(診察)に関する留意点(情報の限界、鑑別・検査導線、観察可能性の限界、リスク評価、対面切替)と、精神療法(治療)に関する留意点(治療計画に基づく継続介入、説明同意、関係性形成、治療導入、フォロー体制)に分けて記述することが必要である。こうすることで、オンラインで慎重にすべきポイントを評価(診察)の章に集約でき、同時に、オンラインでも進められる治療側の要件を治療(精神療法)の章として明確化できる。
結果として、初診オンラインを一律に否定するのではなく、「評価を中心に開始し、必要に応じて対面評価へ切り替え、治療導入と継続は計画的に行う」といった段階的運用として制度設計しやすくなり、安全性とアクセス向上の両立という指針全体の目的にも整合する。精神療法を継続的介入として定義している以上、初診段落で鑑別・検査を取り上げるのであれば、それは「初診時評価(診察)」として明確に位置づけ、精神療法(治療)は別立てで論じるほうが、オンライン診療の適切な普及に向けて必要である。
〇論点3:オンライン初診を行政アウトリーチ連携モデルに限定せず、要件を併記する
原案では、初診は情報が乏しく信頼関係も未形成の中で評価・鑑別・検査等を調整しつつ診断や治療計画を組み立てる必要があること、また現状ではオンライン初診精神療法の科学的知見が明らかではないことを踏まえ、オンライン再診精神療法と同様に用いるのは難しい、という趣旨が示されている。その直後に「他方で」として、未治療者・治療中断者・ひきこもり等に対し、医療機関と行政の連携体制が構築され、診察時に患者側に保健師等がいて十分な情報収集や情報共有が可能で、本人の希望がある場合にはオンライン初診精神療法を活用して継続治療につなげ得る、という行政アウトリーチ連携モデルが提示されている。さらに、遵守事項の記述でもオンライン初診はこのモデルを前提に読める書きぶりになっており、結果として「初診オンラインは行政が関与し保健師等が同席する場合に限る」という結論に収れんしやすい構造になっている。
原案はアクセシビリティ確保を基本理念として掲げ、オンライン精神療法にもアクセシビリティ向上のメリットがあると述べている。にもかかわらず、初診の活用可能性が行政関与ケースに実質限定されて見えると、行政につながっていない通院困難者(初診の長期待機、移動困難、対人不安、遠隔地、家族介護、生活上の制約など)に過度な萎縮を生み、結果としてアクセス保障の目的に反する運用へ傾くリスクがある。
したがって妥当な修正方向は、行政アウトリーチ連携モデルを有効な実装例としつつも、それだけを例外として示すのではなく、通院困難な人がオンライン初診精神療法を利用できる必要な安全条件として、オンライン再診精神療法に十分な経験を有する医師が担当し、事前情報収集・補完とリスク評価を行い、緊急時対応と検査導線を含む対面切替を診療計画に明示し、紹介先等を含む地域連携を確保し、プライバシー確保下で治療に必要なコミュニケーションが成立する場合等といった事項を具体的に明記することである。
これらの要件を明確化することは、通院困難者のアクセス保障を実現するだけでなく、現場で散見される不適切な運用(例えば、事前の情報収集やリスク評価が不十分なまま初診オンラインを実施すること、緊急時対応や対面切替の手順が曖昧なまま漫然と継続すること、連携先の確保がないまま対応すること等)を抑制し、医療安全と質の担保を通じて患者・医療提供者双方の不安を低減する観点からも不可欠である。
〇論点4:合理的配慮を医療アクセス保障の中核として明記し、患者意向を踏まえた運用を徹底する
原案は、オンライン精神療法が患者からの求めに応じて実施されるべきことや、対面が望ましい場合には理由説明と課題解決に努めること、別室利用等の配慮を示している。一方で、環境要件は「カメラ・マイク常時オン」「外部から隔離」など、硬い要件として記載されている。
環境要件は、原則として常時オン・隔離空間を維持しつつ、居住環境や安全上の事情(同居、DV等)、障害特性・症状により困難な場合には、医療機関内別室の活用、支援者同席、画角調整、段階的導入等の代替策を明記し、必要な情報が得られない場合は対面へ切替える、という「原則+合理的配慮(例外・代替)」の構造に修正することを求める。さらに「患者の求めに丁寧に応じる」「課題の解決に努める」という記述を、オンライン精神療法の章でも合理的配慮として明確に位置づけ、患者意向を踏まえた共同意思決定(SDM)的な運用を強調することを提案する。
要件の機械的適用は受療機会の剥奪につながり得る一方、合理的配慮の例示を置けば安全とアクセスの両立がしやすく、結果として無理なオンライン実施の抑制にもつながるためである。
〇論点5:緊急時対応をオンライン特有の実装要件として具体化する
原案は、緊急時の迅速な対応や、対面診療へ速やかに移行できる体制、時間外休日体制、地域病院との連携、紹介手順の明示などを求めている。ここに、オンライン特有の安全確保として、診察時の所在地確認方法、緊急連絡先と連絡同意の範囲、通信途絶時の手順(再接続、電話等代替、一定時間応答なしの場合の対応等)、対面切替・救急・入院導線(連携先の具体名と手順)を、診療計画の必須項目として明文化する修正を提案する。
オンラインでは通信途絶や所在地の不確実性が安全性のボトルネックになりやすく、事前合意と手順の明文化が実効性のため重要と考える。
〇論点6:「地域への貢献」をアクセス阻害にしないよう、意味を実効的連携へ置き直す
原案は、地域包括ケアに沿った提供体制の構築や地域への貢献を求め、地域の捉え方は二次医療圏を基本としつつ弾力的に想定するとしている。この「貢献」の意味を、地理的近接に限定せず、救急・入院・対面医療・行政支援等へ確実につなげる実効的連携(紹介手順、連絡体制、協定等)の確保を含む旨を明記することを求める。医師不足地域等でアクセス確保が課題となる場合には、連携が担保される限り地理条件のみで不当に制限しない運用も併記することが望ましい。
原案が地域概念を弾力的とする以上、アクセス阻害につながる誤読を避け、地域包括ケアの趣旨(必要時に適切な医療へ接続)に資する要件へ精緻化するのが妥当であるためである。
〇論点7:チェックリスト公表を患者の選択と質保証のために実効化する
原案は、チェックリストを活用し、患者が把握できるよう医療機関ホームページ等で結果を公表することが望ましいとしている。「望ましい」を「原則として行う」方向へ強め、困難な場合は代替公表手段を示すよう整理することを求める。また、公表は平易な記載・アクセシブルな形式(読み上げ対応等)を推奨し、できればオンライン特有の項目(緊急時手順、対面切替、初診時評価と治療の区別)をチェック観点に含める旨も補足する修正が必要である。
現行においては患者側が提供体制の質を事前に見極めにくく、透明性を実効化することが不適切運用の抑止と患者の納得ある選択に直結するため、極めて重要である。

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