精神医療97号(批評社)に寄稿しました
「精神医療」97号巻(特集 医療保護入院の廃止に向けて)に寄稿しました。
昨年の主な取り組みでもある障害者権利条約の総括所見に向けての事前質問事項に関するパラレルレポート、ジュネーブでのロビー活動を紹介しながら、医療保護入院廃止に向けた障害者団体の取り組みを記しました。
よろしければご一読ください。
下記は出版元の批評社WEBサイトより、編集委員である古屋龍太氏の巻頭言を転載します。
●大切な時間を奪われたひと
限りある大切な人生の時間を、ひとは、自ら選び生きる権利を有する。人生とは本来、選択の連続の上に成り立っている。しかし、その選択が許されず、長く鉄格子や開かない窓の内側で、人生を終えていくひとたちがいる。この国に生まれさえしなければ、別の人生があったであろうひとたち。この国の、時代の法制度の下で、理不尽にも自分の生活を奪われたひとたち。家族とのつながりも絶たれ、声高に訴えることも諦め、悲しみの言葉も呑み込んだまま、死んでいったひとたち。そしていつしか、そのひとたちが今なお精神病院に多数存在することも、忘れ去られようとしている。
そのひとたちの多くは、医療保護入院制度の対象であった。精神保健福祉法第33条に規定される医療保護入院は、日本特有の強制入院制度である。現行法では、精神科病院の管理者は、?精神保健指定医1名による診察の結果、?精神障害者であり、?かつ医療及び保護のため入院が必要である者であり、?任意入院が行われる状態にないと判定され、?家族等のうち1名の同意がある時は、?本人の同意がなくても入院させることができる、とされている。
しかし、そもそも、自傷他害の恐れはない患者の「医療及び保護」のための強制入院治療とは何なのか。とりわけ「保護」の必要性とは何か。成人の大人を保護するとは、何を指すのか。本人の意思によらない監禁の強制力がありながら、なぜ公権力によらない民間契約で済むのか。医療保護入院制度は、誰のためにある制度なのか。非自発的入院でありながら、医療費の支払いはなぜ本人が負担するのか。医療保護入院は、なぜ今も存続しているのか。医療保護入院制度の全廃は、この国で可能なのか。
日本の精神医療改革の大きな足枷になっている医療保護入院制度を検証し、その廃止に向けての検討の土台を関係者と共有したく、今回の特集を組むこととした。
●強制入院が急増する日本
この医療保護入院制度が、長期入院を遷延化し退院・地域移行を困難にしていることは早くから指摘されていた。2013年度の精神保健福祉法改正により、保護者制度の廃止とともに、医療保護入院者に対しては、退院後生活環境相談員を配置し(第33条の4)、地域援助事業者を紹介するよう努め(第33条の5)、これらと連携して退院支援委員会を設ける(第33条の6)ことが病院長に義務付けられた。地域移行支援・地域定着支援が2012年度から個別給付化されたことと合わせ、医療保護入院者の地域移行を推進する体制が整備されたと評価する向きもある。
しかし、既に施行から6年を経た今もなお、長期入院者の退院・地域移行が劇的に進展したという事実はない。医療保護入院者が減少したという事実もない。むしろ、任意入院者が減少する中で、医療保護入院者は年々増加の一途を辿っていった。かつて精神衛生法で「同意入院」と呼ばれていた医療保護入院は、精神保健法制定(1987年)により患者本人の意思に基づく任意入院制度ができて以降、全入院患者の3分の1程度まで減っていたが、近年では入院患者の約半数が医療保護入院となっている。
日本の非自発的強制入院(措置入院・医療保護入院)率は、欧州諸国の3 ? 4倍になっている。人口100万人当たりの強制入院患者数は、欧州の73人に対して日本は1,000人超となっており、約15倍と突出して多い。精神科入院患者総数約28万人のうち、医療保護入院は約13 万人(46.3%)に達している(2018年度患者調査)。医療保護入院と措置入院の届出数は、1999年から2015年の推移を見ると、医療保護入院は85,305件から177,365件へ、措置入院は3,575件から7,106件に、16年間で倍増している。しかも、新規入院患者の6割以上は非自発的入院(任意入院ではない入院)が占めている。これと連動して、隔離件数は10年間で33%増加し、身体拘束も倍増している。
開放的で安心が担保される場を提供し、患者本人の自由意思に基づく精神医療を目指す流れとは、真逆の治療環境が臨床現場では形成されつつある。
●医療保護入院急増の背景
なぜ医療保護入院は急増しているのであろうか。増え続けていた任意入院が減り、医療保護入院が反転して増え始めたのは2000年からである。その背景には、診療報酬による短期入院化を経済誘導した精神医療政策による負の側面がある。
1996年に精神科急性期治療病棟が、精神科療養病棟と並んで制度化され機能分化が進められた。約37万床のピークを迎えていた精神病床は空床が目立ち始め、空床を埋める認知症患者の医療保護入院が一時期急増したが、高齢者向け介護施設が増加し、認知症治療病棟入院料等の診療報酬が変更されるにつれ、2005年の5万4千人をピークに減少した。現在の医療保護入院の急増は、2002年に診療報酬化された精神科救急病棟(スーパー救急)の伸長と正比例をなしている。
スーパー救急は、精神療養病棟の約3倍の診療報酬が設定されており、現行精神科医療では(医療観察法を除けば)、一番のドル箱病棟となっている。当然その条件はスタッフ配置等を含めて厳しく、精神科救急医療体制整備事業に参加すること、措置入院・応急入院の受入れが年間30件以上(のちに20件以上に見直し)あること、年間入院患者の6割以上が非自発的入院(任意入院ではない入院)であること、個室あるいは保護室が病床数の半数以上であること、4割以上が新規入院患者(3か月以内に精神科への入院歴がない患者)であること、6割以上が3か月以内に自宅退院すること、などのハードルが設定されている。
このうち、とりわけ、医療保護入院を増やす大きな要因になっていると考えられる。患者本人に時間をかけて治療導入を図る努力は失われ、本人が納得しての任意入院は追求されることなく、むしろ病棟維持のために強制入院を増やさねばならない。高額な診療報酬制度に合わせた、入退院のスケジュール管理が精神病院の経営上の要となり、精神保健福祉士等がベッドコントロールの役割を担わされることとなってきた。そして、新規に入院する病状不安定な人は、強制入院をさせ、「刺激遮断とスタッフの安全のため」隔離・拘束するのが当たり前になりつつある。
一方で、医療保護入院の「医療及び保護のため入院が必要である」と判断する根拠、状態像・尺度はどこにも示されていない。実際には、措置入院のためのベッドは確保されていても、緊急性の低い医療保護入院については、病院のベッドが満床の時には待たされ、ベッド稼働率が低く空いている時には入院となる。患者本人の精神状態よりも、精神病院のベッド稼働率が入院の要否を決める奇妙な現象が生じている。
診療報酬制度と精神病院のベッド稼働状況等によって運用状況は異なり、地域格差も著しい医療保護入院の恣意的で曖昧な制度活用は、精神病院大国・人権後進国ニッポンの象徴的存在となっている。
●〈あたりまえ〉の医療保護入院
医療保護入院の成立要件として「家族等の同意」が前提となっており、医療保護入院制度の文化的風土として、欧米の個人主義とは異なる日本独特の家族主義があるという指摘もある。個人の人権を尊ぶ欧米の国々からすれば、任意入院や措置入院に類する制度はあっても、家族等の同意に基づく強制入院制度はあり得ない。1900年の精神病者監護法以来、家族に責を負わせる日本ならではの風土を固定する制度が今も続いている。
日本の精神保健法制を模して作られた韓国の「保護入院」制度は、2016年9月に憲法裁判所で「人権侵害を最小化する原則に違反している」等の理由により違憲との判決がなされ、制度の見直しに入っている。いよいよ日本だけが「アジアの特異な国」として、不名誉な精神病院大国を維持し続けている。
単純に考えれば、仮に医療保護入院制度が無くなると、精神科入院患者は半数になり、任意入院もしくは措置入院にシンプルに分けられる。日本の精神病床は、半分で済むことになる。しかし、多くの精神医療関係者は、医療保護入院制度の存在は〈あたりまえ〉のものと考え疑問を持たない。病識の乏しい患者を治療に?げるには、この制度に依るしかないと考え、実際に今までもそのように機能している。合理的判断能力の衰えたひとに対して本人の意思によらない、強制力を有する入院制度の適用は、「やむを得ない」と誰しもが考えている。むしろ精神障害者の「医療及び保護のため」に、制度運用上の問題や矛盾を感じることはあっても、「医療及び保護を職務上の使命として遂行するため」には〈あたりまえ〉の制度だと正当化しているかもしれない。そして、その使命感や見解が、世間や世界の常識から外れていることも、もはや意識にのぼることはない。
電子カルテでは「やむを得ず医療保護入院とする」との定型化した文言が、自動的に変換され続ける。
しかし、改めて繰り返す。一精神科医の判断と家族等の同意によって、一個人を公権力によらず強制的に精神科病院に入院させる制度は、この日本にしか無い。裁判所等が関与する治療のための強制入院制度は他国にもあるが、「保護」のための強制入院制度は、他の諸外国には無い制度である。日本の精神医療の常識は、人権を尊ぶ世界には通用しない。非常識な制度を不作為のまま放置してきたために、多くの精神障害者が長年にわたって精神病院に収容されてきた。そして今日では、日に50人以上、年間2万人を超える精神疾患患者が、精神科病棟で死んでいく事態を生み出している。
今後も「しかたのない」必要悪として医療保護入院制度を存続させるのか。人生の選択権を奪われたひとをなおも放置し続けるのか。医療保護入院を無くすために何をしなければならないのか。精神衛生法制定から70年を経てなお、強制入院を中心に据えている精神医療を、次の世代にも温存していくのか、今の時代の責任が問われている。できないことをあげつらうのではなく、できることを考え追求したい。実現しない理想やスローガンは誰も救わないのだから。
●精神医療国家賠償請求訴訟へ
医療保護入院制度をめぐる様々な側面の問題点、改革に向けての提起は、それぞれの筆者の以下の論考に譲る。精神障害者の人権擁護と精神医療改革が長きに渡り論じられながらも、この国の精神医療法制の根幹は、変わらぬまま存続し続けている。精神障害者の隔離収容を目指した精神衛生法時代と、入院制度はほとんど変わっていないのだから、精神医療が変わらないのは言うまでもない。未だ何も変わらない状況を前にして、いくら批判的に振り返ってみても、患者本人たちからすれば、私たちの自己満足の域を超えはしない。
一方で、限りある大切な人生の時間を奪われたひとたちが、いま、自らこの国のかたちを問おうとしている。この国に生まれた不幸を、いびつな精神医療法制を不作為のまま放置してきた、国家の責任を問おうと動き始めている。精神医療国家賠償請求訴訟を提起しようとしているひとにとって、医療保護入院は人生の時間を奪う制度でしかなかった。歴史的国策の責任を問うことは、精神障害者とされた人びととのこの国の向き合い方を問うことになるであろう。悲しみを燃やし静かに狼煙をあげようとしている人びとと、新しい時代を切り拓いていければと私は願っている。
【参考文献】
・竹端寛・KN・有我譲慶・桐原尚之・原昌平・彼谷哲志・KM(2018)「特集:精神科病院における「医療保護入院」を考える―医療保護入院の実態」.KSK扉よひらけ人権センターニュース,142;2-17,認定NPO法人大阪精神医療人権センター
・浅野弘毅・大塚淳子・川崎洋子・加藤真規子・太田順一郎・新井山克徳・姜文江・本條義和・関口明彦・佐竹直子(2015)「特集:法改正で何がどう変わったのか―保護者の廃止と医療保護入院制度の見直しを中心に」精神医療(第4 次),80;2-85,批評社
・精神保健福祉研究会監修(2016)『四訂精神保健福祉法詳解』中央法規
目次
特集=医療保護入院―制度の廃止に向けて
巻頭言?医療保護入院の廃止に向けて
―日本特有の強制入院制度を「やむを得ない」で終わらせないために……………………………… 古屋龍太・003
座談会◆医療保護入院をめぐって
◆矛盾の巣窟の強制入院制度……… 八尋光秀+ 竹端 寛+ 太田順一郎+[司会]古屋龍太・010
医療保護入院問題の原点に立ち帰ること ……………………………………… 岡崎伸郎・038
医療保護入院制度廃止に向けた国連人権メカニズムを活用した
当事者団体の取り組みについて…………………………………………………… 山田悠平・046
医療保護入院制度を廃止しなければならない理由………………………………… 姜 文江・053
医療保護入院制度を家族の立場から考える…………………………………… 岡田久実子・061
権利擁護の視点から医療保護入院を再考する……………………………………西川健一・068
諸外国における強制入院制度とわが国の医療保護入院◆イギリス、韓国、台湾との比較を中心に… ……………………………………………………… 塩満 卓・075
精神衛生法下の同意入院と現行医療保護入院
◆ケア義務からの「解放」という論………………………………………………後藤基行・083
コラム+連載+書評
視点◆58
精神病院は変わったのか
◆630 調査から見える現代精神医療の構造的問題………………… 生島直人+ 栗田篤志・095
コラム
支援者の名前
◆2020 年代の現場に向けて………………………………………………………… 福冨 律・102
連載◆9
精神現象論の展開(9)…………………………………………………………… 森山公夫・107
短期集中連載◆―1
私たちは何をしてきたのか
◆イタリア精神病院廃絶運動と我が国の精神病院改革運動………………… 富田三樹生・114
書評◆『いかにして抹殺の〈思想〉は引き寄せられたか
◆相模原殺傷事件と戦争・優生思想・精神医学』高岡 健著[ヘウレーカ刊]… …………… 早苗麻子・126
投稿
ヘタレ医者 人生の後半戦で頑張る…………………………………………………星野征光・130
編集後記…………………………………………………………………………… 太田順一郎・136
※記事紹介
精神科長期入院 春にも提訴 「人権侵害」国に賠償求め(信毎WEB 2019.12.31)
精神障害者を「面倒な人」として、精神科病院に押し込めてきた国の在り方が問われています。
「それは社会の無理解があり仕方がなかった」ではすまされてはいけないと思います(山田)