【コラム】相模原障害者施設殺傷事件の公判がはじまります

【コラム】相模原障害者施設殺傷事件の公判がはじまります

相模原障害者施設殺傷事件は精神保健福祉法改正(第193国会~)に大きな影響を与えました。

事件の再発防止のために(国会審議中にポンチ絵からこのようなフレーズは削除されましたが)、措置入院者への退院後支援(見守りという名の監視)までも検討されていました。結果的には、法案は廃案に追い込まれ、以降改正案の国会上程自体がをストップに追い込むことができました。

措置入院に関するいわゆるグレーゾーン対応の検証を経て、来年以降に同法改正案の上程が予想されています。

さて、まがいなりにも事件の再発防止を謳うのであれば、司法の場での事実検証がないままに、議論だけが先行したことにお

一方で、植松の被告の事件への供述から、優生思想と事件の関連が数々の識者により指摘されてきました。

しかし、根本的な疑問として、被告のその種の主張とはあの大量殺傷という行為がどのようにして結びつくのか、ここに大きな飛躍を私は感じます。

そこを明らかにしない限り、この事件は解明されたことにならないと思っています。
果たして、被告はなにを語るのでしょうか?
事件の真相究明が裁判で明らかになることを願っています。

保安処分の歴史

特にここ数年、凶悪な事件が起きるたびに被疑者の精神科病院歴や精神障害者保健福祉手帳所持がクローズアップされてきました
重大事件のたび、精神障害との関連が指摘され、法整備が図られてきた。駐日米大使が統合失調症とされた少年に襲撃されたライシャワー事件(1964年)後、医師1人のみの診断で強制力を伴う緊急措置入院が制度化されました。

措置入院歴があった男=2004年に死刑執行=が児童ら23人を殺傷した大阪教育大付属池田小事件(01年)後、心神喪失者医療観察法が05年に施行されました。重大事件を起こした精神障害者の処遇を裁判官と医師が合議で決め、入院を強制できるようになりました。

その年には、時の法務大臣は法制審議会に対し、「性犯罪者や薬物犯罪の再犯の恐れがある満期釈放者を対象に、刑終了後も専門病院へ入所させる制度などの導入についての旨諮問しました。

保安処分ではないかという批判をかわすために、「精神障害の改善」及び「社会復帰の促進」を表門に掲げながら、裏門から「保安処分」を招きいれることによって、「医療政策」の実質を「治安政策」に置き換えるという方法。このように刑法の論理では正当化し得ない保安処分を医療の論理を装って強行しようとする歴史は連綿としたものがあるわけです。

精神科医療が、このように社会防衛に使われてきた

そして、今回の事件も同様でした。「多くの方々が大変な不安を感じている。再発防止、安全確保に全力を尽くす」。安倍晋三首相が措置入院の運用見直しを厚生労働相に指示したのは、やまゆり園事件2日後でした。

政治の意図が差別を狙っていなくとも、「不安の種である精神障害者は隔離しろ」という差別的な世論が喚起されたことは間違いありません。私たち精神障害者は優生思想の蔓延と、なにをしでかすかわからない存在として、二重の苦しみを味わいました。

事件が起きたやまゆり園に献花に訪れた際に新聞社から取材を受ける機会がありましたが、その葛藤をお話したのを覚えています。精神保健福祉法改正の動きをどこかで予感していたと思います。

実際、その後の厚労省は植松被告に対する入院先や相模原市の医療支援を「不十分」とした有識者の検証結果を受け、措置入院を規定する精神保健福祉法の改正に乗り出しました。時の厚労省大臣は、

支援の強化をうたう改正法案は閣議決定されたが、当事者や医師が「治療のための制度が治安維持に利用される」

市民の不安心理を動員したような事件の動機や再発防止

事実関係が明らかになっていない中でもあるので、あれこれと無用に推理小説よろしくのように、つらつら書くべきではないと思いますが、私(山田)は事件を起こす動機がもっと個人のエピソードに起因するのではないかと思っています。

神奈川新聞へのインタビュー取材

事件の凄惨さと合わせて、被疑者に措置入院歴があることがクローズアップされました。事件を振り返り、障害当事者として神奈川新聞の取材にお応えしました。(リンク

「多くの方々が大変な不安を感じている。再発防止、安全確保に全力を尽くす」。安倍晋三首相が措置入院の運用見直しを厚生労働相に指示したのは、やまゆり園事件2日後だった。「不安の種である精神障害者は隔離しろ、という差別的な世論が喚起された。精神医療がスケープゴートにされた」と精神障害当事者会ポルケ代表の山田悠平さん(35)は振り返る。

厚労省は、植松被告に対する入院先や相模原市の医療支援を「不十分」とした有識者の検証結果を受け、措置入院を規定する精神保健福祉法の改正に乗り出した。

支援の強化をうたう改正法案は閣議決定されたが、当事者や医師が「治療のための制度が治安維持に利用される」(障害者インターナショナル日本会議)と反発。17年に審議中のまま衆院が解散され、結果的に廃案になった。山田さんは「いつまた蒸し返すか分からない」と心配する。

重大事件のたび、精神障害との関連が指摘され、法整備が図られてきた。駐日米大使が統合失調症とされた少年に襲撃されたライシャワー事件(1964年)後、医師1人のみの診断で強制力を伴う緊急措置入院が制度化された。

措置入院歴があった男=2004年に死刑執行=が児童ら23人を殺傷した大阪教育大付属池田小事件(01年)後、心神喪失者医療観察法が05年に施行された。重大事件を起こした精神障害者の処遇を裁判官と医師が合議で決め、入通院を強制できるようになった。

69人が死傷した京都アニメーション事件(19年7月)後も「精神障害者に対する風当たりは強まった」と全国「精神病」者集団共同代表の桐原尚之さん(34)はみなす。容疑者が事件7年前に精神障害を指摘されていたからだ。(一部抜粋)

 


 


 

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