【コラム】私権の制限で飼いならされないために、当事者的に考えたことーだから病院内で虐待事件も起きるんだ

【コラム】私権の制限で飼いならされないために、当事者的に考えたことーだから病院内で虐待事件も起きるんだ

ここ数週間で新型コロナウィルスに関連して、日々の生活に大きな変化がもたらされています。日々の暮らしをメタ的に振り返ることで、自分の精神衛生アップを兼ねて書こうと思いました(^^)

書こうと思った理由

大きな動機は、いろいろ言われているけどそんなに騒ぐことなの?という気持ちが芽生えてきたからです。

もともと我が家にはテレビがないので、日々の喧騒なニュースやバラエティー番組をみることもなく、それが本当にストレスフリーな生活で気に入っていました。
ただ、最近は家族に小さい子どももいることもあって、頻りに動画含めたネットニュースをチェックしている自分や妻がいます。

多くの人々が不安を抱えるのと同じように、いやおそらくはそれ以上に当事者である私も体調に影響するぐらい気持ちの波があるなと、気づきます。
睡眠にも影響を受けていて、久しぶりに頓服薬を使っています。

漠然とした不安の正体は?

病歴が浅い頃には不安感が止まらない時期がありました。
あとで知ったのですが、予期不安というようです。

これから○○じゃなかったらどうしよう?
いやいや、××だったら、、

頭の中のお喋りがとまらなくなり、幻聴として現れたりもしました。

思い返せば、真剣に悩まなくても良いこともあったのですが、(今日は少し書くのやめておきますが)当時は生きるか、このまま死ぬかほどの不安でした。
不安にはなにかしらの原因となる事件や悩みがあるようなものでしょうけど、改めて思うに当時は不安になるために漠然と不安になっているような、スパイラルな感じでもありました。

芥川龍之介がいうところの「僕の将来に対する唯ぼんやりした不安」に、もしかしたら近かったのかもしれません。いや、そんな高尚なものでもはないけどね。

ってなにが言いたいかというと、最近の僕の不安な気持ちもそういうもの(高尚じゃなくて、ね)なのかなと思うのです。つまり、不安になる情報に触れたから、不安になるというに限らず、焦りを埋めるために情報に頼って不安を紛らわしていてーそのドツボにいるような感覚です。

それを自分なりにちょっと「自覚」しようと思ったのです。

今のこの不安な気持ちどっから出てる?って。

今月も普段通りでいたい

実際それが「正しい」整理かは自分にはわからないですが、不安に数年来悩んで解放されてきた経験を当てはめちゃうと、少し気分が晴れてきたところです。

そういうこともあって、ポルケでは当事者交流「お話会」を今月もつづがなく開催しようと思っています。お話会は、会の発足をほぼ同じくして毎月のように開催してきました。昨年は台風19号が関東域に直撃したので、中止としたこともありましたが、それ以外はこれとして中止にした理由がぽっと思い浮かばないです。

それぐらい運営に関わる僕としても日常の場でもあり、当事者として心の居どころでもあるのです。もちろん会の仲間のみなさんには無理強いはするつもりはないけど、今回も参加できる人が集まれたらと思うのです。

世の中では、「不要不急」が蔓延っているわけですが、不安だけではなくどこか虚無感に襲われたのは僕だけでしょうか。だいたいのことは先延ばしにできる事ぐらいの大して意味のないこととして、どこか感覚が侵され始めています。

不要不急の語源を調べると、戦時中に日本軍が使った「不要不急線(地方の軍事的に重要ではない線路)」というものが出てきました。なるほど、重要ではないものは見捨てられるわけです。

私たちは、日々の営みの大切なものを「見捨てさせられて」いないでしょうか?
ウィルスの感染以上に空気として覆っている全体主義は、東京オリンピックを経由してますます化けていったーそのような歴史が待ち受けていないだろうかと、また「不安」に思うのです。

私権の制限の根っこでつながるもの

政府は、新型コロナウィルス感染拡大の予防策として新型インフルエンザ等対策特別措置法の改正による緊急事態宣言の発令を検討しています。緊急事態宣言は、都道府県知事が「外出自粛」「施設の使用制限」「物資の売渡し」などの要請ができることになっており、著しい私権制限を伴うものになっています。

そんなことするほどの合理的な状況、理由があるのでしょうか?
今のところ、報道を見る限りなさそうですが。

今回の新型コロナウィルスのことで、日々の営みはいとも簡単に壊されてるし、社会全体として人権制約を合理化することに動いている、そういうことにもっと自覚的でいようよ?と思うのです。

ーなぜかって?
この国の精神科病院の入院の半分は、自らが希望しない非自発的入院(強制的な入院)であるように、社会防衛のための人権制約がいとも簡単にまかり通ってしまってるし、そういう雰囲気みたいなものが、生み出す現実もあるからです。

たとえば、先週の報道にあったような精神科病院でのとんでもない虐待事件。ひとりではなく、看護のプロとされる人たちが、患者の尊厳や権利を奪うのにへっちゃらになるものでしょうか。

そうさせてしまうなにか ー
コロンブスの鶏と卵もあるけど、私権の制限に関する感度が、根っこではつながってると、僕は思えてならないのです。(山田)

参考:緊急事態宣言に関する緊急声明(全国「精神病」者集団/ 2020年3月7日)

↓シェアをお願いします↓

日々の活動報告カテゴリの最新記事